第233回目は「デスノート」です。
前編「デスノート」
後編「デスノートthe Last name」
2006年の日本のSF犯罪映画です。
*以降ネタバレ注意です。
名前を書き込むと、書かれた人が死んでしまう死神のノートにまつわる物語です。
もし、そんなデスノートが実在したら、世界はとんでもないことになってしまうでしょう。
特に犯罪者の手に渡れば悪用し放題です。
デスノートを正義のために使おうなんて人がいたら奇跡としか言いようがありません。
普通に正義感のある人ならば、使わないのが一番の選択肢だと思えます。
もし、私がデスノートを手にしたとしても、おそらく使い道がないでしょう。
死の前の行動を操れるというのは魅力的ですが、やはり死んでしまうのでは使えそうにありません。
残念ながら、デスノートは死神に返すことになりそうです。
そんなデスノートの使い道を、正義のために使おうとした男の物語です。
主人公、夜神月(ヤガミ ライト)はある日、真っ黒なノートを拾う。
そのノートに名前が書かれた人間は死んでしまうという死神のノート「デスノート」だった。
犯罪者の不審な突然死に、世間では救世主「キラ」の仕業と噂になっていった。
一方、警察では連続殺人事件として捜査が進められていく。
そして、数々の難事件を解決してきた天才探偵「L」が捜査に加わる。
果たしてLはキラを逮捕できるのでしょうか?
キラはLを抹殺できるのでしょうか?
是非、観てみてください。
なかなか興味深い作品であり、絶妙なかけ引きが、描かれていて最後までスリリングな展開が楽しめました。
宣伝では、夜神月とLの2人の天才の戦いと銘打っていますが。
Lは天才っぽいですが、夜神月の方はあまり天才感はないような気がしました。
でも、デスノートを使いこなしてるあたりは、やはり天才なのでしょうか。
イタズラになると、やたらと頭の回転が働く悪ガキのようです。
見どころはもちろん、夜神月とLの知恵比べですが、デスノートや、死神の存在など興味をそそられる要素が満載です。
デスノートには細かいルールが色々あるのですが、それを活かしたストーリー展開が秀逸だと思いました。
また、死神の思考も面白いですし、映像的にCGがよくできていると感心してしまいました。
本編は2部作になっていて前半「デスノート」はキラとLが接触するまでが描かれています。
夜神月とLの思考や性格を引き出して、ある種の共感を植えつけるような演出は上手いと感じました。
キラは犯罪者だけを裁いていれば正義(?)だったかもしれません。
一方のLも違法捜査を平気でするので完全な正義と言えないかもしれません。
その意味では五分五分、どっちもどっちです。
現実は別として、犯罪者を裁くのは私は良いと思うのですが。
キラは罪のない人間まで殺害してしまうので残念で仕方がありません。
共感はできません。
一方、Lのやり方も気に食わないので、こっちも私とソリが合いません。
正直なところ、どっちもどっちで、どっちも頑張ってほしい感じでした。
その意味でも、最後まで楽しめる映画でした。
そもそも、キラが正義か悪かという話ですが。
当然キラは悪です。
では、どうするべきだったのか、私なりに考えてみました。
答えはキラを合法化するのです。
それだけでキラは犯罪者ではなくなります。
もちろん裁きの基準は世論によってコントロールされるべきだと思います。
キラと共存することが最善だと私は思います。
あくまでも映画の中の話です。
そもそもの失敗は夜神月が自己顕示欲が高かったことが原因です。
犯罪者の死因を事故死か自殺にしておけば、キラの存在は気づかれなかった可能性が高いです。
そうすれば夜神月は道を踏み離さずに済んだと思います。
Lがキラを挑発したので、キラが殺人鬼に変貌したとも考えられます。
そういう意味では、Lこそが罪深いと考えることもできます。
キラとLは表裏一体であると私は思います。
どちらが勝ってもどちらが正義ということはないと思います。
もちろん法律上はキラが犯罪者ですけどね。
この勝負の決着を是非、観て欲しいです。
私は複雑な気持ちになりました。
ラストがちょっと納得がいっていない。
いや、非常に受け入れられていない気がします。
心の整理するのに、時間がかかりそうです。
そういう意味でも、みんなに観て欲しいです。