カズマの日記

映画の感想と雑談

スクール・オブ・ロック

 

 

第50回目はスクール・オブ・ロックです。

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*以降ネタバレ注意です。

 


2003年のアメリカ映画です。

 


ロックは好きですか?

 


私はロックやヘヴィメタルが好きでした。

 


小学6年生でロックに触れ、中学生の頃にはどっぷりハマっていました。

 


ちょうど反抗期になって、ロック=反逆というイメージが良かったのだと思う。

 


とは言っても私は不良ではなく、どちらかといえばお利口さんの方だった。

 


ただ教師とのソリは合わなかった。

 


私が通っていた学校はprogram Dという特殊な教育を行っていた。

 


詳しくは書かないが、大人の偏見を押し付ける洗脳教育だと思って欲しい。

 


例えば、ある映画を観せて感想文を書かせる。

 


感想は個人の感じ方次第なのだから自由のはずだ。

 


しかし、教師たちによってあらかじめ、感想文の方向性が決められていて、そぐわない場合は何度でも書き直させられた。

 


書き直させられたのは、実は私だけかもしれないが、みんなは教師の意図を汲んで書いていたに過ぎない。

 


わかりやすく説明すると、「ゴンぎつね」という作品を見せたとする。

 


ゴンぎつねがイタズラをした結果、おばあさんが死んでしまう。

 


罪滅ぼしにゴンぎつねはおじいさんに木の実や果物を差し入れる。

 


ところが、そうとは知らないおじいさんはゴンぎつねを撃ち殺してしまう。

 


そこで感想文を書かせるわけだが、方向性はゴンぎつねが「かわいそう」で統一される。

 


私のようにゴンぎつねの自業自得などと書くと、居残り授業は間違いないという具合だ。

 


実際にはもっと現実的な社会問題について作文を書くのだけど。

 


私は決められた考えを植え付けられるのはたまらなく嫌だった。

 


言いたいことも言えないこんな世の中じゃpoison である。

 


だから私はロックが好きだった。

 


言いたいことを自由に歌えるから。

 


さて映画スクール・オブ・ロックはロックギタリストのデューイがバンドをクビになることから始まる。

 


バンドによくある方向性の違いってやつである。

 


もっと売れ筋路線で行くべきだというバンドと、自己表現重視のデューイ。

 


バンドを去ったデューイはひょんなことから、名門小学校の臨時講師となる。

 


学生たちはみんな覇気がなく、勉強第一だった。

 


しかし、音楽の才能を見いだしたデューイは学生たちにロックを教え、一緒にバンドを組む。

 


子どもたちは自分を認めてくれたデューイと信頼関係を築く。

 


というストーリー。

 


私もそんな教師に出会いたかった。

 


やっぱりロックは良いですよ。

 


私は不器用で全然楽器は上手くならなかったけど。

 


久しぶりに練習してみようかな。

 


曲作りにも挑戦してみよう。

 


今からでも、きっと遅くはないですよね?

 


それはそうと主演のジャック・ブラックが友人そっくりで、ものすごく楽しかったです。

 

 

 

 

 

 

カリフォルニア

 

 

 

第49回目はカリフォルニアです。

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*以降ネタバレ注意です。

 


1993年のアメリカ映画です。

 


ルポライターのブライアンは写真家の恋人キャリーと共に、連続殺人事件の犯行現場を取材する旅に出る。

 


この映画もいわゆるロードムービーで、目的地は憧れのカルフォルニア

 


西にはあるんだ夢の国である。

 


車で移動のためガソリン代を折半する同行者を募る。

 


そこにやってきたのが粗野なアーリーと、少し頭の弱そうな少女アデール。

 


見るからに怪しい2人なのだが、お人好しのブライアンは受け入れてしまう。

 


しかし、アーリーは恐るべき殺人者であった。

 


というストーリー。

 


4人の性格がバラバラで面白い。

 


一応、友情みたいなのがあって私は好きだった。

 


その反面、アデールがアーリーに依存しきっていて、暴力を受けていても従っているところなど、見ていられない部分もある。

 


ブライアンは楽観的でキャリーは慎重、神経質といっても良いくらいだ。

 


でもブライアンは不用心過ぎると思う。

 


アメリカで見ず知らずの人と旅行なんてありえるのだろうか?

 


アメリカ人の全員が悪人な訳はないが、そんなに簡単に信用するもんでしょうか。

 


まあ、私の偏見ですけど。

 


それともう一つ気になるシーンがブライアンが銃を見たことも触ったこともないというのだ。

 


これも私の偏見だったけど、アメリカ人はみんな銃に慣れているわけではないらしい。

 


いや、それくらいは解っているのだけど、映画で観ると新鮮な感じがする。

 


ブライアンが執筆しようとしている殺人現場の取材本なんて売れるんでしょうか。

 


まあ日本でも、マーダーケースブックという、殺人犯を特集している雑誌が販売されていたこともあるので、需要はあるのでしょう。

 


私自身も犯罪者の心理や犯罪の真相などに興味がないわけでもない。

 


書籍を手にしたことはないが、その手のTV番組も観たりすることもある。

 


アンビリーバボーとか、仰天ニュースとか。

 


不謹慎かもしれないが、現実の怪物を未知のままにするより、知っておいた方が安心だと思うのだ。

 


私はアーリーの様な普段から下品で乱暴な殺人鬼は作品として、あまり好きじゃない。

 


どちらかというとレクター博士の様な知的な殺人鬼の方が映画としては面白いと思う。

 


もちろんこの映画はアーリーで正解だと思うけど。

 


ところで、本筋とは関係ないが、核兵器の開発者が後半に出てくるんだけど、核実験場の近くに住んでるのだ。

 


そんな危険な場所に居るはずないですよね。

 


私は核兵器が好きではないので、この設定は無くても良いんじゃないかなと思ってしまいました。

 


さて普段、私は映画を観て悲しくなったりしないのですが、久々に切なくなってしまいました。

 


短い間の4人旅だったけど、その記憶は一生残るだろう。

 


友だちって大切ですよね。

 

 

 

 

テルマ&ルイーズ

 

 

 

第48回目はテルマ&ルイーズです。

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*以降ネタバレ注意です。

 


ウェイトレスのルイーズと専業主婦のテルマは親友同士で、週末に一泊旅行に出る。

 


夕食に立ち寄ったバーでテルマは男に乱暴される。

 


そこを助けに来たルイーズがその男を銃で射殺してしまう。

 


楽しいはずの旅行が一変して逃避行へと変わってしまう。

 


二人が行き着く先は……。

 


というストーリーです。

 


女性が主人公なので、というわけではないのですが、女性が観れば共感する部分もあるのでしょうか。

 


男性の私は主人公たちを追うハル警部の視点で映画を観てしまいました。

 


もちろん、そういう見方もあると思いますが、女性の感想が聞きたくなります。

 


映画を観ていると、警察に出頭すれば良いのにとか、あれやっちゃダメ、これやっちゃダメと思いながら観ていました。

 


殺人事件から逃れるうちに次々と罪を犯して、雪だるま式に泥沼へハマって行きます。

 


むしろ早く逮捕しなければという気持ちでした。

 


女性からの視点ならば普段男性に虐げられていたり、過去に酷い目にあわされたりした主人公たちの逃避行に共感したりするかもしれません。

 


ルイーズの逃亡を応援したくなる人もいるかと思います。

 


女同士の友情に憧れたり、逆にこんな女許せないなんて思う人もいるかもしれない。

 


誰の視点で観るかで印象は随分変わりそうです。

 


私としてはルイーズには同情しますが、テルマには怒り心頭です。

 


もう行動が二人ともめちゃくちゃです。

 


そこが魅力かもしれませんが。

 


ロードムービーになっていて、アーカンソー州からオクラホマ州を経て、アリゾナ州へとやってきます。

 


荒野を車で疾走するシーンは開放感があり、気持ち良さそう。

 


主人公たちはそれどころではないですが。

 


グランドキャニオンの風景も美しいながら、追い詰められる主人公たちの心を映すような荒涼とした雰囲気が良くでています。

 


ちょっと関係ないかもしれませんが、B‘zの曲でピエロという歌があるのですが、イメージが重なりました。

 


自由ってなかなか手に入らないんだなという映画でした。

 


そういえば全然知らなかったんですが、まだ無名の頃のブラッド・ピットが出演していました。

 


チョイ役ですが、なかなかの存在感で、すでに演技のスタイルが確立されているようでした。

 

 

ミザリー

 

 

第47回目はミザリーです。

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*以降ネタバレ注意です。

1990年のスティーヴン・キング原作のアメリカ映画です。

 


主人公ポール・シェルダンは小説家で人気作ミザリー・シリーズの著作者である。

 


ミザリーを完結させたポールは新たに新作を書き終え、ホテルを後にする。

 


しかし、天候が猛吹雪となり、道をそれて転落事故を起こす。

 


すぐさま駆けつけた中年女性のアニー・ウィルクスに救助されるが、それがポールにとっての恐怖の始まりだった。

 


ポールが事故から目を覚ますと、両足と右腕を骨折しており、身動きが取れない状態だった。

 


元看護師のアニーが手当てをして、看病していたのだ。

 


アニーはポールのナンバーワンのファンだと言う。

 


事故にあって、直ぐに救助できたのはホテルからずっと尾行していたから。

 


アニーはポールのストーカーだった。

 


ポールはアニーに監禁されることになる。

 


程なくして、アニーは楽しみにしていたミザリーの最終巻を買って戻ってくる。

 


最初は笑顔だったアニーだが、最後まで読んだアニーは鬼の形相となっていた。

 


小説の中でミザリーは亡くなるという結末だったのだ。

 


ミザリーを殺されたアニーはポールに制裁を加える。

 


身動きができないポールは脱出できるだろうか。

 


という内容です。

 


監禁ものの映画は私の知る中ではミザリーが元祖という気がします。

 


熱狂的なファンが悪いというわけではないですが、中には行き過ぎてストーカー行為や殺人事件に発展してしまうケースも現実にはあるようですね。

 


著名人にはシャレにならない恐ろしい話だと思いました。

 


キャシー・ベイツ扮するアニーは普段は優しそうな女性なのですが、怒らせると鬼のように豹変します。

 


ジワリと滲み出る狂気から、瞬間沸騰で発狂する姿は見事な演技だと思います。

 


以前、ある漫画家が作中で登場人物を死なせると、「なぜ殺したんだ」と非難するファンレターが殺到したそうです。

 


そこまで愛されるとは作家冥利に尽きるねなんて私は他人事に思っていましたが。

 


その作者はショックで続きが描けなくなってしまったのです。

 


読者に作品を理解してもらえなかったというのが理由だそうです。

 


読者、視聴者は作品を受け入れるしかないと思いますが、登場人物への思い入れというのも分からなくはないです。

 


なんにせよ、作家は作品を命がけで書いているのだと思うのです。

 


素晴らしい作品をみせてくれてありがとうと、クリエイターの皆様にお伝えしたいです。

 

セブン

 

 

 

第46回目はセブンです。

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出典eiga.com

 

*以降ネタバレ注意です。

 


1995年のアメリカ映画です。

 


連続猟奇殺人事件を追う刑事の物語。

 


モーガン・フリーマン扮するサマセットはあと7日で定年退職を迎える老刑事。

 


後任はブラッド・ピット扮するミルズ刑事だ。

 


2人が奇怪な殺人現場を検分するところから物語は始まります。

 


そのしたいは。推定体重200kg以上の巨漢の男で、無理矢理スパゲッティを死ぬまで食べ続けさせられていた。

 


現場から「GLUTTONY 」という犯人のメッセージを発見する。

 


メッセージは暴食という意味でキリスト教7つの大罪の一つであった。

 


7つの大罪とは暴食、強欲、怠惰、肉欲、高慢、嫉妬、憤怒です。

 


サマセットとミルズは7つの連続殺人が起こると予想して捜査にあたる。

 


推理物としては抜群に面白いと思います。

 


全体的に色調が灰色で荒廃的な雰囲気を醸し出して、映像的にもカッコいい。

 


ただ、ラストだけが私を満足させませんでした。

 


映画としてはそれで良いと思うのですが、残念ながら私の好みではなかったですね。

 


もちろん、この終わり方が良かったという人も多いかと思います。

 


どう感じるか、一度観て欲しいです。

 


なんだか如何に猟奇的な殺人を見せつけようかという、サディスティックな意図が感じられます。

 


お化け屋敷などが好きな人は向いているかもしれません。

 


もしもセブンのアトラクションがUSJにあったら、きっとウォークスルー型で、恐ろしい殺人現場を次々と探索するという物になったかもしれません。

 


そんな感じの映画です。

 


セブンの一番好きなところは、サマセットがミルズ夫妻の家で食事をするシーンです。

 


この映画で唯一の幸せなシーンです。

 


親子ほど年の離れたサマセットとミルズですが、この時に師弟関係というか、親子の様な絆が生まれたのかもしれません。

 


私が子供の頃、父親が

「通り魔に会ったら、助けてくれ!ではなく火事だ!と叫べ」

と言ったことがありました。

 


同じことをサマセットが言っていたので、父親のイメージを持ったのかもしれません。

 


ここまで観た映画の中ではダントツで後味の悪い映画でした。

 


映画の出来が悪いというわけではありません。

 


おそらく最高の出来だと思います。

 


ただただラストだけが私の好みではなかっただけで……。

子ネコに注射

 

 

 

ミュウが突然、ご飯を食べなくなりました。

 

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大変だ!

 


食欲不振か、体調不良か!

 


結局のところ、ミュウはチキン味が好きではないと判明しました。

 


ただの好き嫌いかーい!

 


しかしながら、好き嫌いを放置するわけにもいかず、マグロ味とチキン味を混ぜてあげています。

 


何でもしっかりと食べるようになって欲しいです。

 

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そんなこんなで、順調に成長して1回目のワクチンも摂取しました。

 


ミュウにとっては初のお注射です。

 


「美味しいものを食べてる間に射っちゃいましょう」と、獣医さんはおやつを用意してくれた。

 


そんなことで、ごまかされるだろうか。

 


私は注射をされたミュウが痛みで暴れ出すのではないかと心配していた。

 


ミュウのお尻というか、ふとももの辺りに注射が刺さる。

 


「ンニャッ」

と短く鳴いてミュウはおやつを食べ続けた。

 


私はホッとしました。

 


まだ何回か注射を射つ機会があるので、大騒ぎにならなくて良かった。

 


これなら次回も安心です。

 

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動物病院の待合室ではほかの飼い主さんがミュウを可愛い可愛いと褒めてくれます。

 


私は至極ご満悦であります。

 


自慢のネコなので、もっと褒めて欲しいのであります。

 

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ディープ・インパクト

第45回目はディープ・インパクトです。

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*以降ネタバレ注意です。

 


1998年のアメリカ映画です。

 


その当時は世紀末が近いこともあって、隕石が降ってきて、人類滅亡の危機に直面するという映画が山ほどあった。

 


有名なところではアルマゲドンとこのディープ・インパクトではないでしょうか。

 


この映画は群像劇で特定の主人公というのがいない。

 


高校生のリオ・ビーダーマン

ニュースキャスターのジェニー

宇宙飛行士のフィッシュ

のエピソードが並行して進む。

 


物語は天文部のリオ・ビーダーマンが天体望遠鏡で未知の彗星を発見することから始まる。

 


その彗星は2年後に地球に衝突するというのだ。

 


1年後、アメリカの大統領が事実を公開発表する。

偶然にも彗星の情報を掴んだニュースキャスターのジェニーはこの件でトップキャスターに昇進する。

 


アメリカの計画では宇宙船で彗星に着陸し、核爆弾をセットして破壊するという。

 


フィッシュのほか若い宇宙飛行士が任務にあたる。

 


そして万が一に備えて、地下都市を建設して、そこに避難するというものだった。

 


しかし避難できるのはたった100万人のみであった。

 


先ずは宇宙船の方だが、どうして一隻だけなのだろうか?

 


10隻でも20隻でも有りったけの核爆弾を搭載して行けば良いと思うのだけど。

 


そして、地下都市シェルターに入る100万人のうち20万人は技術者や科学者、芸術家などがすでに選抜されていて、残りの80万人は抽選となる。

 


リオとジェニーは選抜されるのだが、愛する人が選抜されなかった。

 


そこで彼らが取る選択肢が見どころというわけである。

 


私は諦めないで、生きられるなら生きる選択肢を選んで欲しいと思う。

 


その昔、私が中学生の頃、塾の先生が「地球が滅亡するとき、脱出する宇宙船に乗せてもらえるような大人になりなさい」と言っていた。

 


私は残念ながら、そんな立派な大人にはなれませんでしたが、なんとしてでも生き残ってやろうと思います。