第165回目は「悪の教典」です。
2012年の日本のサイコスリラー映画です。
*以降ネタバレ注意です。
公開当時は結構話題になっていたように記憶しています。
私は「悪の教典」というタイトルに魅力を感じて、いつか観たいと思っていました。
人間はサイコパスというものに興味を惹かれ、目が離せなくなってしまうものなのです。
まあ、私だけかもしれませんけども。
主人公は人気者の英語教師、蓮実聖司。
前半は集団カンニングを取り締まったり、悪徳教師から生徒を守ったりと奮闘する。
後半は蓮実聖司のサイコパスな本性があらわになる。
薄々、蓮実の正体に気づきはじめた生徒たちは蓮実とどう対峙して行くのか?
興味のある人は観てみてください。
*以降激しくネタバレです。
残念ながら、私はこの映画を基本的にはお勧めしません。
正直なところ、あまりいい出来の映画ではありませんでした。
主人公がサイコパスというところが、先ず共感を呼ばない。
普通なら蓮実と戦う生徒を主人公にもって来るべきなのだと思います。
しかし、そうではないので、むしろ「サイコパスの気分を味わおう」という作り手の意思が感じられます。
後半、殺戮シーンなので何を見せたいのか一目瞭然です。
確かに、そういう楽しみ方もあるかと思います。
しかし、蓮実聖司はシビれるほどのサイコパスではなかったのです。
ジョーカーやハンニバル・レクター博士に比べれば、遥かに小物という感じです。
前半は非常良い出来でしたが、後半は短絡的でガッカリしました。
前半にもっと時間をかけて、生徒たちに焦点を当てて、後半の殺戮シーンをスピーディーに短くした方が盛り上がったと思います。
そうです。
この映画は殺戮シーンを楽しむ映画なのです。
そういう映画は珍しくありません。
例えば映画「コマンドー」は後半、主人公がテロリストを殺しまくる映画です。
しかし、敵は殺されて当然の連中なので、安心して観ることができます。
正に殺戮シーンを楽しむ映画と言えます。
「悪の教典」はその真逆です。
罪のない学生が次々と殺されてしまいます。
観る人は殺される側の視点で、恐怖を楽しむか。
あるいは蓮実聖司の気分で殺戮を楽しむかのどちらかだと思います。
しかし、残念な事に生徒は存在が希薄で、感情移入できず、蓮実聖司にも共感できないという事態になってしまいました。
蓮実聖司は知能の高いサイコキラーのはずが、後半はあまり頭が良いとは言えません。
全く無駄な殺戮に感じました。
そこがこの映画の見どころと言ってしまえば、それまでですが。
「悪の教典」などという大層なものではなかったです。
まあ実際の銃乱射事件とかは、こんな感じなのでしょうか。
小悪党が主人公の映画を見慣れていないので、ちょっと困惑しています。
やっぱり主人公は正義であるか、共感できる登場人物がいた方が良いですね。
映画の公開前、特別上映会にてAKB48のメンバーが40名ほど招待されました。
その中で大島優子が「この映画が嫌いです」と堂々と記者会見で発言したことが話題になりました。
正直で良いと思います。
「こんな人の命を大事にしない映画を作ってなんになるんだ!」と私も言いたいところですが、そんな映画ゴロゴロありますよね。
そして往々にして、そういう映画を楽しんでいるわけです。
思えば、ガミラス本星には民間人がいたかもしれないし、ゴジラに踏み潰された人だって大勢いるでしょう。
この映画は非常に困った作品です。
なんか、イケナイものを観てしまったような気分になってしまいました。
映画を楽しめなくなってしまいそうです。
観るんだけどね。