第163回目は「アオイホノオ」です。
2014年の日本のテレビドラマです。
私は若い頃、バンドを組んでいたことがあった。
バンドと言っても、ライブはしたことがないし、大した実力もなかった。
スタジオを借りて、ジャムセッションする程度だった。
私は、メンバーの中でも特に下手っぴーだった。
しかし、私の心は一流ミュージシャン気取りだった。
バンドを組んでいるだけで、まるで世界の頂点に立ったような気分になっていたのだ。
当時の私は自己陶酔で、べろんべろんに酔っ払っていたのである。
そんなある日、ストリートミュージシャンのミノルが駅前で演奏していた。
ミノルは頻繁に出没していたので、私はその度にミノルの演奏を聴いていた。
「ここいらのストリートミュージシャンの中ではミノルが1番の実力者だな」
私は音楽の評論家でもなんでもないが、ミノルの演奏を高く評価していた。
「今は誰も気付いてない様だが、私だけは認めてあげよう!」
私は上から目線で、ミノルの演奏に耳を傾けた。
ところが…………
ミノルがいつもと違う曲を演奏し出した。
ミノルのかき鳴らしたギターに合わせて夕暮れが、ミノルを茜色に照らし出した。
「♫届いてくれると良いな〜♪」
ミノルが歌い出す。
私はその瞬間にミノルに激しく感動させられてしまった。
私はその場を逃げ出した。
私のほんの少し前を歩いていると思っていたミノルと私の差は、天と地の差があるということに気付かされた。
私の実力からすると、月ほど遠くの差があったかもしれない。
私のプライドはガラガラと音を立てて崩れ去り、足音はまるで薄氷がピシピシと割れるようにも聞こえた。
私は電車に乗り込み、泣きながら帰路へとつきました。
「あんなに凄い歌を歌う奴が野に埋もれているなんて、私なんかは芽が出るはずがないじゃないか!」私はミノルの歌を脳内リピートしながら、敗北を噛み締めた。
遠い昔の話です。
私の話はこれくらいにして。
さて、映画「アオイホノオ」の話ですが、この物語は漫画家「島本和彦」の自伝的映画です。
主人公の名前は焔(ほのお)モユルとなっていますが、ほぼ実話だそうです。
自信過剰なモユルがライバルたちに打ちのめされながら、漫画家を目指す物語です。
舞台は1980年の大阪芸術大学です。
大学に入学したモユルは根拠のない自信に満ち溢れていました。
ところが同級生に、のちに「新世紀エヴァンゲリオン」の監督となる庵野秀明がいました。
圧倒的な実力の差を見せつけてられ絶望するモユル。
さらに、のちに漫画家になる矢野健太郎にもけちょんけちょんに貶される。
しかし、モユルはくじけてもくじけても立ち上がる炎の男だった。
果たして焔モユルは漫画家になることができるのだろうか?
是非、観てください。
特に漫画家、アニメ監督を目指している人、は絶対に観た方が良いと思います。
大阪芸術大学を目指す人も観た方が良いでしょう。
何よりも恐ろしいことに、ほぼ実話であるので、現実を見せつけられます。
私も若い頃に庵野秀明や岡田斗司夫の逸話を聞いたことがありますが、それと映画の内容も一致します。
そのほか、手塚治虫や松本零士、石森章太郎、高橋留美子、あだち充などについても語られているので、当時の漫画業界を知ることができます。
この作品は天才たちの伝記なのです。
漫画やアニメが好きな人には絶対にお勧めです。
恋愛ものとしても楽しめます。
かなりふざけた内容ではありますが、ほぼ実話だと信じて観て下さい。
打ちのめされても、立ち上がる焔モユルの姿に感動するでしょう。
ところで、すっかりストリートミュージシャンのミノルに打ちのめされて腐っていた私ですが…………。
ある日、テレビからあのメロディが流れてきました。
私は直ぐにミノルの歌を思い出しました。
しかしテレビに映っていたのはMr.Childrenでした。
私がミノルのオリジナルソングだと思っていた歌はMr.Childrenの「sign 」という曲だったのです。
「カヴァーなら、カヴァーって言えよ!」
私はミノルに負けていない!
Mr.Childrenには負けているが、ミノルには負けていないぞ!
本当はミノルにさえ遠く及ばないのであるが、私はかろうじてなけなしのプライドを取り戻したのである。
その時の私は焔モユルと共感するものがあった。
そんなこんなで私は本当に漫画家になった島本和彦を尊敬している。
ついでにミノルも尊敬している。
それから数年後、私は2度目の敗北感を味わうのだが、それはまた別のお話です。